こんな方におすすめ
- たくさん配っているのに生活が楽にならない人
- 軽貨物の仕事を始めようと考えている人
- 田舎や山間部で軽貨物の配達をしている人
軽貨物の仕事では、「1個配ればいくら」という個数単価で報酬が決まることがあります。
一見すると、非常に分かりやすい仕組みです。
たくさん配れば売上が増える。配達が速い人ほど稼げる。努力や技術がそのまま収入に反映される。
そのように説明されることもあります。
しかし、実際に現場で働くと、1個あたりの単価だけでは到底説明できない負担があることに気づきます。
荷物を積む時間、配達エリアまで移動する時間、住所を探す時間、駐車場所を探す時間、不在対応、再配達、持ち戻り、端末処理、顧客対応。
これらすべてを含めても、報酬は「配れた個数」でしか計算されないことがあります。
私は約5か月間、山口県の田舎や山側を含む地域で軽貨物の仕事を経験しました。
一件ごとの距離が長い場所、ナビが正確に案内しない住所、狭い道、時間指定、不在など、単純に荷物一個を運ぶだけでは終わらない仕事が数多くありました。
それでも報酬は、都市部で玄関前まで簡単に届けられる一個と、山道を走り、住所を確認し、遠くから歩いて届ける一個が、同じ単価として扱われることがあります。
この仕組みでは、生活できるだけの売上を作るために、無理な件数を配るしかありません。
単価が低いから荷物量を増やす。
荷物量が増えるから休憩や確認を削る。
焦りが増え、事故や誤配のリスクも高まる。
この記事では、低すぎる個数単価が軽貨物ドライバーの働き方をどう歪めているのか、私の経験も踏まえて考えます。
同じ一個でも、配達にかかる時間と負担はまったく違う
個数単価の最大の問題は、荷物一個ごとの難易度をほとんど考慮していないことです。
都市部の住宅街で、隣り合った家へ小さな荷物を届ける場合と、田舎の山側で一件ごとに長い距離を走る場合では、必要な時間が大きく違います。
それでも、報酬は同じ一個として計算されることがあります。
例えば、玄関前に車を止められ、表札も分かりやすく、受取人も在宅している配達であれば、数分で終わります。
一方で、住所が分かりにくく、ナビが家の裏側を示し、狭い道を避けて遠回りし、安全な場所へ車を止めてから歩かなければならない配達もあります。
さらに、重い飲料、米、家具、家電であれば、身体への負担も増えます。
不在であれば、呼び鈴を押し、電話をし、不在票を作成し、端末処理を行い、荷物を再び車へ戻します。
その後、時間指定に合わせて再配達することになれば、同じ荷物のために二度、三度と同じ地域へ向かうこともあります。
しかし、最終的に配達が完了しなければ報酬が発生しない仕組みもあります。
配達員は多くの時間と燃料を使っているのに、売上はゼロです。
個数単価だけを見ると、「一個あたりの作業は単純」と考えられがちです。
しかし、実際には一個の荷物に対して、運転、駐車、荷物探し、住所確認、端末操作、顧客対応、不在処理など、複数の作業が発生しています。
私が担当した田舎や山側の地域では、荷物数が少なくても、走行距離や道路条件によって一日が長くなることがありました。
町中で100個配る場合より、山側で80個配る方が時間も疲労も大きいことがあります。
それでも単価が同じであれば、難しい地域を担当する配達員ほど時給が下がります。
会社側が個数だけを基準に報酬を決めるのであれば、配達の難易度を現場へ押し付けていることになります。
本来は、走行距離、道路条件、荷物の重量、時間指定、不在率、駐車の難しさなどを考慮する必要があります。
同じ一個でも、かかる時間と責任は同じではありません。
単価が低いから、配達員は無理な件数を抱え込む
一個あたりの単価が低ければ、生活に必要な売上を作るために、できるだけ多くの荷物を配らなければなりません。
仮に一個配って得られる金額が小さければ、50個では足りない。
100個、120個、150個と件数を増やす必要があります。
その結果、荷物量が多いこと自体が通常の働き方になっていきます。
会社や荷主は、「たくさん配れば稼げる」と説明するかもしれません。
しかし、これは言い換えれば、長時間働き、大量の荷物を処理しなければ十分な収入にならないということです。
単価が低いままなら、配達員が効率化しても、その分だけさらに多くの荷物を任される可能性があります。
配達が速くなった結果、早く帰れるのではなく、追加の荷物を渡される。
より難しいエリアを任される。
このような現場では、技術が向上しても働く時間は減りません。
売上を増やすには、さらに多く配るしかないからです。
荷物量が増えれば、配達員は時間を削り始めます。
昼食を取らない。
トイレを我慢する。
駐車場所を慎重に探さない。
表札や住所確認を急ぐ。
安全な速度より、次の配達を優先する。
もちろん、忙しいことは危険運転や交通違反を正当化する理由にはなりません。
しかし、低単価で数を配らなければ生活できない仕組みが、焦りや無理を生んでいることも事実です。
運送会社が本当に安全を重視するのであれば、配達員が適正な件数で生活できる単価を設定する必要があります。
一個あたりの単価を低く抑え、代わりに大量の荷物を与える方法では、安全と収入を両立できません。
「稼ぎたければもっと配れ」という仕組みは、配達員の体力と車両を消耗品として扱っているのと同じです。
低単価の負担は、最終的に配達員の生活と安全へ転嫁される
軽貨物ドライバーは、売上からガソリン代、車両リース代、保険、整備費、通信費、税金などを支払います。
一個あたりの単価が低くても、これらの経費が安くなるわけではありません。
田舎や山側を走れば、走行距離が増え、ガソリン代も高くなります。
狭い道や悪路を走れば、タイヤや車両への負担も増えます。
配達件数が少ない日でも、リース代や保険料は発生します。
つまり、低単価による不足分は、配達員が自分の時間と経費で埋めることになります。
長時間働く。
休憩を削る。
休日を減らす。
整備費を後回しにする。
生活費を切り詰める。
それでも十分なお金が残らなければ、さらに荷物を増やすしかありません。
この状態では、配達員は個人事業主というより、固定費とリスクを自分で負担しながら、会社の必要な荷物量を処理する人になってしまいます。
会社側は、人件費ではなく個数単価で支払うため、仕事量に応じて費用を調整できます。
荷物が少なければ配達員の売上が減る。
荷物が多ければ、配達員が長時間働いて処理する。
車両費や燃料費は配達員が負担する。
この仕組みは、会社側にとっては非常に都合がよいものです。
一方、配達員は、売上が不安定でも固定費を支払い続けなければなりません。
低単価の問題を「配達が遅い」「もっと件数を増やせ」と本人の努力不足に置き換えるべきではありません。
どれだけ効率化しても、一個あたりの利益が小さすぎれば、長時間働かなければ生活できません。
それは能力の問題ではなく、報酬設計の問題です。
また、低単価はサービス品質にも影響します。
一件に時間をかけられないため、丁寧な確認や顧客対応が難しくなります。
誤配、不在処理ミス、置き配場所の間違い、交通事故などが起きれば、配達員が責められます。
しかし、会社が一件ごとの作業時間を極端に圧縮する単価設定をしているのであれば、品質低下の原因を自ら作っていることになります。
安い単価で大量に配らせながら、高い品質と完璧な安全を求める。
この両立には限界があります。
まとめ
軽貨物の個数単価は、配った分だけ報酬が増える分かりやすい仕組みに見えます。
しかし、実際には荷物一個ごとの難易度、走行距離、道路条件、重量、不在、再配達、駐車のしにくさなどが十分に反映されていません。
町中で短時間に届けられる一個と、田舎の山側で長い距離を走り、住所を探し、重い荷物を運ぶ一個が、同じ単価として扱われることがあります。
単価が低ければ、配達員は生活に必要な売上を作るために、無理な件数を配らなければなりません。
荷物量が増えれば、休憩、確認、安全な駐停車が削られやすくなります。
その結果、事故や誤配のリスクが高まっても、責任は配達員個人に戻されます。
さらに、ガソリン代、車両リース代、保険、整備費などは、単価が低くても変わりません。
不足分は、配達員の長時間労働と生活費によって埋められます。
低単価の問題は、単に収入が少ないという話ではありません。
配達員へ大量の荷物を抱えさせ、安全と品質を削らせる業界構造の問題です。
本当に必要なのは、「たくさん配れば稼げる」という説明ではありません。
無理のない件数でも、経費を払い、生活できるだけの報酬が残る単価です。
一個あたりの単価が低すぎるままでは、配達員は速くなるほど楽になるのではありません。
速くなるほど、さらに多くの荷物を求められます。
軽貨物の仕事を持続可能なものにするには、個数ではなく、時間、距離、難易度、経費、責任まで含めて報酬を考える必要があります。